【日記】ふるさとは遠きにありて思ふもの

【日記】ふるさとは遠きにありて思ふもの

※日記は、小説みたいに気合入れて書いてないので、語尾が統一されてなかったり、変な表現もあるかもしれませんがご了承ください…

.

前回の日記で、「長めの3週間ほどの期間を予定して」と書きましたが、帰りの新幹線を予約していたわけでもなく、(なんかもういいかな…)という気分になってきていたので、予定を変更して2週間で帰りました。

新幹線に乗って生まれ故郷を離れ、二時間ほどで今の住まいである千葉県に戻る。見慣れた駅のホームに着いた時、ああ帰ってきたなとほっとしたので、もうこっちの暮らしの方が自分にとってメインになっているんだな、と実感しました。

子供の頃は、自分とその家族でひとつの共同体だった。
でも大人になって、今回久しぶりに帰郷して、微妙な居場所のなさとか不便さとかを感じながら二週間過ごすと、(もうそれぞれの社会ができて、それぞれの事情もあって、完璧には交じり合わないんだな)と、ほんの少しの寂しさを感じながら、帰ってきた自分の住まいの快適さを改めて嚙み締めましたよ。

.

…で、千葉に帰ってきたのがこれを書いている今日から一週間前の8月14日。

前回の日記を書いてからの故郷での想い出を、忘れないように記録しておこうと思います。

.

まずは、海。

新潟は海有り県なので、車で海辺まで行って、ちょっとだけ遊んだ。

とはいえ水着も持ってないし、本気で泳いだりはできないので、波打ち際でコップに入れた水を飛ばしてシャッタースピードを速くしたスマホカメラで撮ったり。上の四枚目とかけっこう綺麗に撮れてるでしょ。

その海辺では、家族がとても綺麗な貸別荘を一日レンタルしてくれていて、海の見えるベランダで優雅にワインなんか飲んだりしてました。

.

あとは地元の友達とドライブ。また海辺の町へ。

新潟県の出雲崎という町。
長い階段を上がった先に神社があり、そこから海を見下ろせるスポットがあって、とても良い場所だった。天気はいまいちだったけどね。

海辺の観光地にありがちな「恋人の聖地」的な場所もあった。こういう所って、絆や約束の証として南京錠がよくかけられていますよね。

この町は、良寛さんという僧侶・歌人のゆかりの地らしい。僕の故郷ではわりと知られている人なんだけど、良寛さん、知ってますか?

海の見える定食屋さんでマグロ丼を食べて……

で、その後はちょっと長めに移動して、弥彦山(やひこやま)という山に連れてってもらった。

頂上の標高は634メートルらしいので、ちょうどスカイツリーと同じ高さ。越後平野が見渡せます。

暑い日だったけど、山の上は涼しくて(5度も低いらしい!)、風が気持ちよかったな。

平原の反対側を向くと日本海と、彼方にぼんやりと見える佐渡島。

急斜面を上るクライミングカーという変わった乗り物と、ロープウェーを乗り継いで、弥彦神社に行ってお参りもしてきました。

海にも山にも行けて、素敵な景観も多くて、いつか書く物語の舞台にしたいな、なんて思いました。そのうち登場するかもしれません、この町。

とても楽しく充実した一日だった。ありがとう友達。

コロナ禍なのもあるけど、それだけじゃなくて、お互いの生活や仕事があって、以前は頻繁に遊んでいた友人とも、一年に一度会えたらいいくらいの関係になってしまって、ちょっと寂しいな。

まあその気になればインターネット上でZoom飲み会とかもできるんだけど(そう思うと便利な世の中だけど)、でも画面越しに話すのと、実際に会うのとではやっぱり全然違うからね。

.

長くなってしまった。

次にふるさとに帰るのは、いつになるやら。

何にせよ郷愁という甘苦しい感情は、それが遠くにあるからこそ感じるんですよね。

大切な想いや、苦しい過去。
色んな記憶や感情が眠るあの地を遠くに想いながら、僕はこの町で、がんばって生きていきます。

そのさらに後日、

『逢う日、花咲く。』で第25回電撃小説大賞を受賞し、デビュー。著書は他に『明けない夜のフラグメンツ』『世界の終わりとヒマワリとゼファー』『君を、死んでも忘れない』『この星で君と生きるための幾億の理由』『あの日見た流星、君と死ぬための願い』

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Back To Top